林邸
所在: 東京都練馬区
竣工: 2012年
構造: 木造2階建て
設計: 藤井章(アーキテクトネット)
施工: 松栄企画株式会社
建築面積: 100.79㎡
延床面積: 142.53㎡
敷地面積: 280.57㎡
竣工時の用途: 住居



藤井章×ヨシムライズムの結晶~父の優しさあふれる住宅~


腕組みをして、時折顎髭を触りながらアイデアを固めていた父、実に楽しそうにデザインしていた在りし日の姿を思い出します。すべてお任せの娘の家づくりは、父にしてみれば最高の施主だったに違いないと思います。今振り返ると、これほど文句なしの「気持ちの良い住宅」ができるものかと脱帽します。
南北に縦長にのびたおよそ100㎡の家屋はほぼ平屋で、北側のみ2階建て構造。コブシの木をシンボルツリーとする中庭からの採光が豊かで、家屋内全体が常に明るく保たれ、開放的なリビングに障子の温もり、季節を感じる緑豊かで静かな中庭は、音に溢れた賑やかだが忙(せわ)しい日常を、心身ともに一旦リセットし浄化してくれます。おおらかで開放的ながら繊細な設計スタイルはまさに父そのもの。楽しい設計は楽しい住宅を生むのでしょう。
キッチン・浴室・リビング等が共有でしたが、義両親と私たち夫婦の4人で、互いに良い距離感のとれる空間。南側の庭には、ガラス造形作家であった義父の小さな工房があり、リビングから仕事部屋と工房の様子が垣間見られ、芸術(音楽)に携わる私たちの視点からも、モノづくりに打ちこむ姿勢に共感しながら生活していました。

・肩肘張ることなく品位を保ち、住まい手が楽しく、美しく過ごせるか
・玄関から各自室まで必ずリビングを通過させることでコミュニケーションをふやすことができる

吉村順三の生き様を後世に伝える小さなアブクになればと願った父が設計したこの住宅には、吉村順三の住まい設計の基本に、藤井章の考えるこだわりが重なり合って、住まい手である私たちの「住み心地の良さ」を実現してくれています。

藤井 里佳 (藤井章 次女)




建築家 藤井 章

1948年福島県生まれ。1972年東京藝術大学美術学部建築科卒業。吉村順三設計事務所を経て、1986年藤井章設計事務所を設立。14年間勤務した吉村順三事務所では「伊豆多賀の家」「ホテルジャパン下田」等を担当。独立後、ホテル「若狭みかた きらら温泉 水月花」、「土間の家」「豊橋の家」「大泉学園の家」など、多くの個人宅や別荘を手掛ける。2024年逝去。著書「建築家・吉村順三の鞄持ち(風土社/2024)」では、恩師・吉村順三の人柄や生き様について、親子ほど年の離れた弟子・藤井章のやさしい言葉で綴られている。書籍巻末の言葉を下記に紹介する。

中田哲・貴子(建築家)




「結びに」

~中略~
もし、吉村順三が東京の本所緑町に生まれていなかったら、
もし、先生が真珠湾攻撃の直前に無事日本に帰って来れなかったら、
と私はこの文章を書きながら、たびたび考えました。
建築設計は住宅に始まって、住宅で終わる、と言われます。
先生は住宅以外の建築もたくさん設計しましたが、先生の生涯に亘る住まいづくりがあったからこそ、今の日本に良質な住まいを求める人がいて、設計して応える建築家の仕事があるのだと私は思うのです。
そんな仕事をしていられる建築家はとても幸せなのです。楽しく住まうことを願う人々の近くにいられるのですから。
日本の建築設計に、住宅設計に、建築家・吉村順三ありを忘れてはいけないのです。

先生は仕事では常に厳しくとも、威張ったりすることは一度もありませんでした。
そんな建築家・吉村順三の生き様を、後世に伝える小さなアブクになれば幸いです。

2024年5月 藤井 章





開放的なリビングから中庭を見る



障子を閉てたリビング、ダイニング、キッチン



玄関



左写真:和室、右写真:浴室